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作家シリーズ「わたしの一枚」

心に触れる作品を!

藤森 久嘉(ふじもり ひさよし)

藤森 久嘉(ふじもり ひさよし)
<履 歴>
静岡県磐田市神増に生まれる。(合併前は磐田郡豊岡村神増。もっと前、私が生まれた時は磐田郡広瀬村神増)
1960年
静岡県立磐田南高等学校卒業後、明治大学商学部商学科に入学。
1963年
全明治大学英語部第53代委員長を務める。(当時部員約500名以上。2010年3月23日、明治大学英語部は創立100周年記念を祝った)
関東大学2人制英語討論会に準優勝。高松宮杯英語スピーチコンテストに出場。
1964年
東京オリンピック組織委員会公式英語通訳に合格。コスタリカ団長付の通訳となった。
1965年
東京銀座並木通りにあった(株)大倉商事に入社。運輸通信部にて2年間働き1967年勇退。(大倉ビルの中2階に富士フイルム(株)の役員室があった)
1967年
大阪・日本写真専門学校に入学。
1969年
同校卒業。卒業作品展にて特選及び全国工業連合会会長賞受賞。(会長:田中角栄)
1969年
姫路市(株)オウチ写真場に入社。
岳父尾内七郎に2005年迄の39年間師事。
1999年
代表となり現在にいたる。
1999年
兵庫県知事より「匠」の称号を受ける。
<賞 暦>
兵庫県展
 
1971年
初入選。 
1972年
大賞(兵庫県立近代美術館長)。
姫路市美術展 
1973年
姫路市長賞。他特選3回。 
1984年
無鑑査となる。
関西写真家連合協会展(2009年閉会)
1982年、1983年、1984年3年連続金賞(小川月舟賞)、他銀賞3回。審査員となる。
日本肖像写真家協会
 
1985年
日肖写賞。他特別賞候補数回。 国画会展 
1971年
初入選。 
2000年
会友推挙。 
2008年
31回目の入選・準会員推挙。無鑑査となる。
<グループ展>
 姫路新星クラブ展 毎年、35回 ルネッサンス スクェア
  「ポートレート作家展」毎年、19回
 西播磨国画会写真部展 毎年、9回
<職 暦>2010年6月現在
 (協)兵庫県写真師会理事長
 兵庫県写真技能士会会長
 姫路市美術協会運営委員
 2680地区姫路中央R.C.会員

東京駅を発って、有楽町を過ぎ品川を通過する頃、これが「後ろ髪を引かれる思い」というものかと…。何か頭の中が真っ白になり、身体から何かが抜けてしまったかのような、これまでに感じたことの無い虚脱状態に陥った。
…しかしやがて気を取り直し… そうだ、「写真」でもって第二のふるさとへ帰って来よう… と決意した。40数年前東京駅から関西の地に向けて旅立った新幹線の中のことだった。

商社勤めを辞めて大阪へ写真の勉強に行くことを先輩、同輩、後輩に話した時、皆異口同音に「…え?…」と。
 大阪での2年間の写真の勉強を終えて、写真家尾内七郎の愛娘美智代と結婚(以後多大なる内助の功を得て、2人3脚で今日までスタジオを守っている)、姫路市のオウチ写真場にて働き(師事し)だした。そこには岳父尾内七郎を初め、国画会に作品を出品している方、写文協の全国写真展覧会にて1人で2度も文部大臣賞を受賞した方など、まわりの方々が作品創りを競っていた。まさに作品創りの宝庫の中で、私もただひたすら「良い営業写真を創るには、創作活動が大切だ」と言われた言葉を信じて“光と陰”を求めて、その発見、その創作に明け暮れた。

写真A
「禅 僧」
1982年関写連金賞(小川月舟賞)
以後 2年連続金賞

何はともあれ、仕事柄人物をモチーフにした写真創りが主であるが、初期の頃は、若気のいたりか、人の気を引くようなシュールな作品を手がけていた。やがて、イメージが枯渇したのか、ポートレート作品に熱中した。お願いをしてモデルさんになって戴く方々は皆、色々な方面で人生の師であり、その方々の人となりに触れ、喜びを感じ、又その方々の応援の言葉に勇気付けられて来た。

しかし、写真作品創りを始めてからこれまで通してやってきた女性のモデルを生かした仕事の方は、いろいろな表現を試みた。ある時は、季節感を、ある時は夢を、ある時は時代を、そしてある時は自分の心象を作品の上に表現するものであったがなかなか困難を極めた。「作品創りは楽しいか?」と聞かれた時「まだ楽しい所までいっていません、むしろ苦しみです」と答えた。

写真B
「三角帽子」
2008年国画会展
準会員推挙(無鑑査となる)

1971年、初めて国画会展に出品した。当時は今以上に入選が厳しく、作品ができた時、出品しようか、しまいかとかなり悩んだ。幸いにも初入選することができた。この作品のタイトルは「さまよい歩き…そして又…」。何だかその後の私の作品創りの人生を象徴するかの様なもので、1971年に初入選して以来、2008年に31回目の入選を果たしてやっと無鑑査となることができた。何と初出品より37年目のことであった。2007年に新装なった六本木の国立新美術館へ「三角帽子」に会いに行くべく東京駅を降りたとき、40数年前のことを思い出し感慨深いものがあった。

写真D
「エチュード」
1972年兵庫県展大賞(近代美術館賞)

 私が、このコラム「作家シリーズ」に登場するのはまだまだ早過ぎて大変恥ずかしい次第である。
 ある美術評論家さんが言っていた「“アート”とは具体的なものとか道具とかではなく、心の作用であり、作品を見て感動する心こそが“アート”である」と。
 なるほど、従って、真のアーティストと言われる人達は、人の心を感動させるパフォーマンスができる人を言うものだと理解し得た。
 やはり私はそれには程遠く、この世ではとうていできないかも。あるいは、あの世に行っても…をや…。そうなると又「さまよい歩き…」続けることになろうか。それでもいつか、やはり“心に触れる作品”を創ってみたいものである。

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